通信No.7 海の言葉⑦

2013年02月08日

【Salinity】

20世紀初頭から伝統的に使われてきた海水の「塩分salinity」の定義は、1980年代に大改変された。それまで塩分は、海水に溶けている固形物質の質量(g)と海水の質量(kg)との比であると定義され、そのさい、すべての炭酸塩は酸化物に変え、臭素と沃素を塩素で置換し、有機物は完全に酸化することとされていた。単位はg/kgすなわち千分率(‰:パーミル)であった。

しかし、さまざまな溶存物質を直接測定するにはいくつもの定量分析を繰り返さなければならず、時間と労力がかかる。そのため、実際には塩素量 chlorinity (Cl) だけを測定して、その値から総固形物質量すなわち塩分を換算して求めるクヌーセン(M.H.C. Knudsen, 1871-1949, デンマーク)の方法がとられていた。それが可能だったのは、海水中に溶けている種々の物質の、総量は大きく変化しても、存在比は一定だという発見があったからである。数多いチャレンジャー号による発見の一つといわれている。

1960年代から、塩素の化学的定量よりも、海水の電気伝導度から塩分を換算する方法が一般化した。一方で、精密な分析化学の結果は、物質の存在比は完全に一定とは限らないことを示していたので、塩素量から塩分へ換算するクヌーセンの方法も万全とはいえなくなっていた。そこで、電気伝導度から塩分への換算もやめて、測定した電導度そのものの数値を塩分とすることになり、1982年以降はその数値を「実用塩分practical salinity」として標準化するようになった。

実用塩分には単位を付さないことになっている。しかし、無名数というのは人の心に落ち着きにくい。多分それがあってのことと思われるが、単位風にpsu (practical salinity unit) という語をつけることは容認されている。その結果、従来の塩分をいうときには「絶対塩分 absolute salinity: SA」と言い別けることになった。その分事情は複雑になったが、両者が同じ数値になるように工夫されていたので、あまり混乱は起っていない。数値が同じならば定義を変えることはないという反論もなくはなかったが、科学は正確と斉一性を好むというところか。今では実用塩分はすっかり定着し、「実用」とか「psu」と断わる場合のほうが少なくなり、単に数値を示すことが多くなった。

かくして、名称と意図は化学的なままではあるが、測定方法と定義は物理学的なものに変わった。水温とともに塩分を「海水の物理学的特性」というときの、ちょっと落ち着かない気分は、これで少し軽くなった。

定義は変わったけれども、術語としての「塩分salinity」という言葉は残った。日本語、欧語とも、塩=saltという語に起源することは明白だ。しかし、漢字の「塩」と欧字の「salt」の起源はというと、洋の東西では事情が異なる。海とは切っても切れぬ縁の塩のことなので、以下にそれを紹介しようと思う。

ところでひとつ、特記しなければならないことがある。海水の塩分は、正しくは単に「塩分」ということになっている。しかし、伝統的に ‰ の単位で表されてきたために、誤って濃度という語を付けて「塩分濃度」という人が今もなお少なくない。この誤りは、実用塩分の時代になってもなかなか払拭されていない。科学的な場では「塩分」と言うことに慣れるようにしたいものである。      

Posted on February 8, 2013
Revised in January 2019

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