通信No.12 海の言葉⑪

2016年01月13日

【栄養塩:濃度の単位と換算法】

栄養塩は、水圏植物の生存に必須な溶存物質群であり、水圏生態系における光合成すなわち基礎生産を支配する重要な環境要因である。それゆえ、水圏の環境学や生態学、水産学、海洋学等々の分野では、必ず栄養塩濃度が測定される。

「濃度」は、溶液中の溶質の割合と定義されるが、表現法(単位)は多様である。目的に応じて、適確な単位を選ばなければならない。
例えば、海洋学や湖沼学では、栄養塩の濃度はモル濃度(溶液中の原子、分子の個数の割合で、µmol/LまたはµMで表わす)で、また、溶存酸素などの濃度は質量比(mg/L)または容積比(mL/L)で示される。
余談ながら、酒のアルコール度も容積比で示されるが、その単位はパーセント(%)である。

一方、わが国の環境調査では、栄養塩物質の「質量」を「全体積」で除した値で示すよう指定されている(日本工業規格:JIS)。したがって、その数値は、海洋学等の分野で示される値とは一致しない。異なる分野間の対話を容易にするためには、換算が必要である。

今、海水1 L中に、硝酸態のN及び燐酸態のPが、それぞれ0.07 mgと0.016 mg溶けているとしよう。
JISでは、それぞれの濃度は0.07 mg/L と0.016 mg/Lであると表現する。一方、生態学や海洋学等は、それぞれ5 µMと0.5 µMだと表現する。分野によるこの差異は、前者は栄養塩物質の静的な「存在」を重視し、後者は生命過程では複数の栄養塩物質が連動して働くという「動態」を重視することによって生じている。

植物プランクトンが光合成するとき、NとPを16対1の比(モル比)で摂取する。したがって、上記の仮定のように、海水中にNとPが5 µM対0.5 µM、すなわち10:1の比で存在していれば、Nが先に消費されて枯渇し、約0.2 µMのPが使い残されることになる。Pが残っているにもかかわらず、Nが制限因子になって、植物の生産は阻害されてしまう。
これが、生態学や海洋学の興味の一例である。

JISによる濃度単位では、この興味に直接応えることができない。そのため、次のようにしてモル濃度に換算しなければならない。

JIS K 0102では、海水1 L中の硝酸イオンや燐酸イオンの質量(NO3- mg/L, PO43- mg/L)で示すことになっているので、その数値をイオンの分子量(NO3 = 62.00またはPO4 = 94.97)で除すれば、モル濃度(mM)が得られる。

これらのイオン中で生理的な機能を担うのは窒素(N)と燐(P)であるという観点から、イオンに含まれるNとP(元素)だけの質量(NO3-N μg/L, PO4-P μg/L)で栄養塩濃度を示すこともある。その場合には、数値をN(14.01)とP(30.97)の原子量で除すれば、モル濃度(μMまたはμmol/Lと表記)になる。

このような換算法によって、環境調査データから、その栄養塩環境が一次生産やその後の食物連鎖全体にどのように影響するかを予察することができる。

ちなみに、アンモニウムイオン(NH4+)と亜硝酸イオン(NO2-)の分子量はそれぞれ18.38及び46.00であり、珪酸イオン(SiO32−)の分子量と珪素(Si)の原子量は、76.08と28.09である。

Posted on January 13, 2016

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