通信No.13 海の言葉⑫

2016年01月13日

【栄養塩:レッドフィールド比(Redfield ratio)】

前回述べたように、植物プランクトンはNとPを16:1の比で摂取する。これにより、106に相当する炭素(C)を光合成することができる。
すなわち、プランクトンは海水から106:16:1の比でC:N:P を摂取し、同じ比の体組成を維持する。その生息場である海水中に栄養塩として存在するNとPの比をみると、やはり16:1であり、それは世界の海洋の表層から深海までに共通している。

この現象を発見した米国の研究者レッドフィールド(Alfred C. Redfield)の名をとって、このような原子比をレッドフィールド比という。
レッドフィールドらは、既往のデータと自らの測定データを集め、栄養塩組成が海域や深度によらず一定(N:P=16:1)であること、また、プランクトンの体組成も種類によらずほぼ等しいことを明らかにしたのは1930年代のことであった。生物体や有機物の場合には有機物の骨格元素であるCを含め、さらに、珪酸質の殻を有する珪藻類などの場合には珪素(Si)も含めて、C:N:Si:P = 106:16:15:1というモル比を決定した。

最近は、太平洋の高緯度海域や赤道湧昇域で植物プランクトンの光合成を律速していることが明らかになった溶存鉄(Fe)も含めて、レッドフィールド比はC:N:Si:P:Fe = 106:16:15:one:0.001とすることも多い。
この比から、例えばFeが枯渇している海域に1モルの溶存鉄を散布すると、106,000モルの二酸化炭素が有機物に固定されると期待できる。
植物プランクトンが有機物に合成したCが深海に沈降する過程、すなわち生物ポンプ(Biological pump)が地球温暖化対策として注目される今日、レッドフィールド比への興味が深まっている。

なお、「この海域における栄養塩のレッドフィールド比はN:Si:P= 1:20:1であり、Nの枯渇が示唆される」というように、任意の場所と時の栄養塩の存在状態をレッドフィールド比ということがある。あるいは、任意の生物群集の体組成をいうときに使われることもあるので、注意が必要である。
すなわち、レッドフィールド比は「106:16:15:1」という比のことをいうとは限らないのである。

植物プランクトンに限っても種は非常に多様であり、同一の種であっても環境や生理状態によって代謝は変化しうる。どんな種であれ、この比からかなり外れた栄養塩環境に追従する能力がある。したがって、上記の比が常に一定不変であるはずはなく、レッドフィールド自身、この比が一桁ほども変異するといっている。中には、分子状のN2を利用できる窒素固定種もある。
最近は、より正確な数値へと変更するべきだとの説もあり、科学の進歩につれて、80年前に決定された数値はおそらく変更されるであろう。しかし、そうであっても、「レッドフィールド比」の科学的な価値が低下することはない。

レッドフィールド比の価値は数値にあるのではない。海洋生態系における生物過程の全体が一定の化学量論(Stoichiometry)で説明できるという明瞭な確認が、その価値の本質である。そして、海洋学や生態学で栄養塩の量をモル濃度で示す理由もここにある。

Posted on January 13, 2016

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