通信No.17 海の言葉⑯

2016年10月25日

【市民の海に対する健全な認識】

2016年10月21日(金)午後、横浜赤レンガ倉庫1号館で「第17回東京湾シンポジウム~沿岸域の生態系サービスの定量化~」が開催された。8題の講演があり、3年前に東京湾岸に引っ越してきたばかりの私には、いずれも目新しく刺激的であった。その中のひとつに、我が国の市民が海に対して健全な認識を持っていることが明瞭に示されていて、強く興味をひかれた。海洋学や環境学の新知見ということではないが、大変頼もしく、期待のできる日本人の海洋観が感じられたので、その内容を紹介したい。

その講演の演題は「海洋生態系サービスに対する市民認識の多様性」で、発表者は久保雄広氏(国立環境研究所)であった。中核になるデータは、2015年4月9日から14日までのあいだ、インターネット上で調査会社にモニター登録している全国の20歳から69歳までの男女3,579人から得た、海洋の生態系サービスに関する意識調査アンケートの結果である。このアンケートの原理とデータ解析に関しては講演者久保氏にお聞きいただきたいが、私が生半可ながらに理解したところは、次のようなことである。

このアンケートは、海洋生態系の役割として「食料供給」、「二酸化炭素の吸収や海水の循環を通した気候の調節」、「干潟や藻場などを通じた水質の浄化」、「人や物を運ぶための交通の場の提供」、「美しい景観の創出」、「レクリエーションの機会の提供」、「様々な生き物への生息や生育の場所の提供」の7項目をあげ、それぞれを個々の海洋生態系サービスとみなすときに、中で最も重要性が高いと思う項目と、反対に最も重要性は低いと思う項目を選ぶものである。その結果、7項目のサービスに対する人々の選好度の順は、生き物の生息地>気候調整>食料供給>水質浄化>景観>交通の場>レクリエーションとなったというのである。今後久保氏は、回答者の性別や年齢、あるいは居住地域等を勘案してこの回答結果を解析し、海洋生態系保全や海洋生物多様性保護などのための施策に活かすことを計画されている由だが、ここで注目したいのは、この順位である。

この順位が私の直感に訴えかけたことは、人々が重視している海の生態系サービスは食料供給機能だけでなく、海が多様な生物の生息地であること、気候調整機能を発揮して地球環境を守ること、および水質浄化機能により海の健全性を維持していることをより重視しているという事実、さらに加えて、これらの機能を海に期待するかわりに、海での安息やレクレーション、海運の便を我慢してもよいと考えているのだ、ということであった。免罪符というと言葉は強すぎるが、人類がこの地球上で生存することを許してもらうためには、海の許可が必要だと人々は感じているのだ。海を痛めつけ、海を怒らせたならば人類の生存が危うくなるということを、意識下であるかも知れないが、自然な認識として心に抱いているのだと私は解釈したい。これが本当ならば、我われこそ真の海洋民だと誇ることができる。

海の資源を略奪し、海を汚しつづける国は海洋国の名に値しない。かつて、無節操な漁業や構造物の建造、海洋生物に危険な物の廃棄、人間に危険が跳ねかえってくるほどの海洋汚染すら珍しくはなかった。しかし、今日の日本には、海との共存なしには健全な生活を営むことができないということが、かくも広く浸透していることに感動を禁じ得ない。

Posted on October 25, 2016

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