通信No.18 海の言葉⑰

2016年12月27日

【日本海の危機】

2016年12月8日、気象庁は「日本海の水温と酸素量の変化について」報道発表した。

日本海では、1990年代から2,000 mの漸深層で水温上昇と酸素量減少が検知されているが、2010年以降は深層(2,500-3,500 m)でも同じ現象が進行していることが確認されたという発表である。最近10年間で、深層水の水温は約0.02ºC上昇し、溶存酸素量は約8 μmol/kg減少したという。温暖化で冬季の冷却が弱まり、酸素濃度の高い表層水が深層へと沈みにくくなったからであり、このまま温暖化が続くと日本海の深層は貧酸素化し、日本海の生態系全体に影響が及ぶだろうという懸念を表している。

底層水の貧酸素化は、夏には良くみられる現象である。夏には水温躍層ができやすい(成層しやすい)からである。
海中の酸素の起源は、海中植物の光合成と大気からの溶解であり、いずれも表層起源である。底層では酸素は消費される一方であり、表層水と混合しない限り酸素量は回復しない。成層とは表層水と底層水が混合しないことをいうのだから、成層が続く夏期間は底層水の貧酸素化が進行する。
しかし、冬には気温が下がり、表層水は冷やされて底層水と対流混合し、成層は解消する。この過程で、酸素が表層から底層へと供給される。冬の表層水冷却が重要な鍵になっているのだ。

この仕組みは、陸に囲まれて閉鎖孤立している湖沼の環境維持の重要な機構だとされている。夏に成層したとしても、冬には湖底まで対流するので無酸素化から免れることができる。このような湖を完全循環湖というが、いまのところ日本海は巨大な完全循環湖だということができる。それが、温暖化によって危険なほうへと変化しつづけているというのが、気象庁の報告の核心であろう。

一方には、水温成層以外の原因で慢性的に下層が無酸素化している汽水湖がある。北海道の網走湖や山陰の水月湖(三方五湖)などである。これらの湖では、人工的に作った海への水路を通って海水が逆流し、淡水である湖水の下に潜り込んで淀んでいる。塩分成層ができたのである。淡水と海水との密度差が大きいため、この成層は極めて強固であり、冬の冷却や少々の強風では湖底まで混合が及ばなくなった。その結果、下層水は完全な無酸素水になっているのである。

無酸素だからといって完全に無生物圏になったのではなく、肉眼では見えないが、嫌気性の菌類は生活している。しかし、ふつうに生物といわれるような生き物は生息していないので、無酸素水塊は無生物界にみえる。「死の海」といわれることもある。パレスチナ地域の死海(The Dead Sea)は海水の十倍もの高塩分のために生物が生息できない海であるが、今話題にしているのは、酸素がないために、そしてその結果有毒な硫化水素が発生しているために、「死の海」になっている海のことである。

網走湖(面積32.3 km2, 平均水深6 m)や水月湖(面積4.2 km2, 平均水深3.4 m)は小さいから短期間のうちに無酸素になったが、大きくて深い日本海(面積98万km2, 平均水深1,752 m, 最深部3,742 m)は大丈夫だろうと期待するかもしれない。
しかし、そう楽観はできないのではないか、その懸念を次号に記したい。

Posted on December 27, 2016

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