通信No.25 海の言葉⑲

2017年09月13日

【学抜き研究所】

さまざまな場面で「海洋研究所」という語を耳にする。
確かに日本には「海洋研究所」が実在するが、欧米の研究所は「海洋学研究所」である。にもかかわらず、日本では欧米の研究所をも「学」抜きで「海洋研究所」というのだ。

 List of oceanographic institutions and programsで欧米の研究所名をみると、Australian Institute of Marine Science (豪), National Oceanography Center (英), Netherlands Institute for Sea Research (蘭), Shrishov Institute of Oceanology (露), Woods Hole Oceanographic Institution (米)など、直接Oceanを研究対象にするものはなく、あくまでもOceanography, Oceanology, Marine Research, Ocean Sciencesを目的とする研究所である。IFREMER (仏) はやや趣を異にして海洋開発を目的にするが、それでもInstitut français de recherche pour l'exploitation de la merであり、調査研究を目的とする研究所、すなわち「学抜き研究所」ではない。

日本と欧米間のこの違いは何によるのだろうか。また、世間の「ら抜き言葉」には批判的な科学者が「学抜き研究所」に無頓着なのはなぜだろうか。

調べてみると、わが国には「学抜き研究所」がたくさんあることが分かる。
一例をあげると、冒頭の東京大学海洋研究所(Ocean Research Institute:現在は大気海洋研究所)、東北大学金属材料研究所(Institute for Materials Research)、東京大学地震研究所(Earthquake Research Institute)、名古屋大学宇宙地球環境研究所(Institute for Space-Earth Environmental Research)、京都大学防災研究所(Disaster Prevention Research Institute)、国立極地研究所(National Institute of Polar Research) などである。

天皇が研究される生物学研究所や理化学研究所はさすがに学抜きにはされていないが、正式名が学抜きである研究所は多いのである。古い文献には、学抜きではない研究所を学抜きで記載していた例が実に多くみられる。こうなると、日本特有の事情があるのだと考えなければならない。

東京大学海洋研究所の場合は学抜きにしなければならない特殊な事情があったと思われるが*、それほどの事情があったとは思われない「学抜き研究所」が多い。思想によるというよりは、おそらく日本語の問題であったというのが私の結論である。

明治以降さまざまな学問が西欧から導入されたとき、例えば、「海洋学」という名称を与え、その内容は「海洋の研究と教育」を実践する学問などとしたために、「学」と「研究・教育」とがシノニムになってしまったのだろう。したがって、「○○学」+「研究所」とすると「学」の重複感が強くなるという、日本語独特の語感が生じたと理解される。事情が日本と似ている中国や韓国などでも同じことが起こっているかもしれない。

他方、欧米のInstitute, Institutionは、制度、組織、施設などを設置し管理運営するという意味のラテン語を語源としており、ときには企業などを示し、研究所だけを示すとは限っていない。したがって、学抜きにすると「研究所」の意味が出てこないので、学問領域名やScience, Researchの語を省略することができないのである。上記の日本の学抜き研究所も、その英語名を良くみれば、「学抜き」にはできないことが判然とする。もし地震研究所を学抜き(Research抜き) のままEarthquake Instituteとしたら、多分保険会社と間違われるのではないか。

さて、我々はどうすべきか。私は、正式名称を学抜きにしてしまったものは仕方ないが、学抜きではない研究所を学抜きで呼称するのは当然間違いだと考えている。少なくとも学抜きにするときは、日本語独特の事情によるという自覚を持って欲しいと思う。指導的立場の人が無頓着に学抜き呼称を使っていると、若い人には正確な知識が身につかないだろう。

*谷口 旭2014: 名誉会員になって. JOSニュースレター(日本海洋学会), 4(3): 4-6.

Posted on September 13, 2017

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