通信No. 37 海の言葉31【問題をはらむ用語②-再生可能エネルギー】

2019年05月17日

【問題をはらむ用語②-再生可能エネルギー】

聞くたびに困惑する用語の一つが「再生可能エネルギー」という語である。最初は講演者の言い間違いだと思ったが、別の講演者も同じことを言うので驚いた。入学試験でも「再生可能エネルギー」は合格ですか? その後、これに異を唱える科学者がいると分かって少しは安心したものの、事情が改まる兆候はいまだみえない。

私が専攻する生態学では、生態系内で、物質は循環するがエネルギーが循環することはない、と習う。親生元素は有機物に合成されたり無機化されたりを繰り返し、生態系内を循環する。光合成された有機物にはエネルギーが付与されており、動物は有機物を無機化してエネルギーを受け取る。無機化した物質はまた有機物に光合成され、動物にエネルギーを供給する。元素はもとの元素であるが、このエネルギーは、新しく取り込まれた太陽エネルギーに由来するものである。前に消費されたエネルギーが再生されたのではない。

生物は子孫を残す。個体は死ぬが、種は何世代にもわたって存続する。これは生物特有の能力であり、再生産力とか更新力(renewability)といわれる。化石燃料は枯渇するが、生物資源は更新性資源であり枯渇することはないという。件の「再生可能エネルギー」は“renewable energy”の訳語であり、「再生可能」も「エネルギー」も誤訳ではない。しかし「再生可能エネルギー」という言葉になると問題で、やはり間違っているといわざるを得ない。

間違いの原因は“renewable energy”という英語が不適切だったことにある。今は“alternative energy”などとするべきだとの考えが優勢のようである。訳語は「代替エネルギー」となる。早いうちから“renewable energy”の真意は“theoretically inexhaustible source of energy”だといわれていたらしいから、和訳を「再生可能なエネルギー資源」などとすればよかったのだ。そういう意見が当初からあったことは「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」という法律をみれば分かる。そこでは「再生可能エネルギー電気」とか「再生可能エネルギー資源」と書かれており、「再生可能エネルギー」の過誤は排除されている。

すなわち、この法律の第2条は「再生可能エネルギー資源によって発電された電気」と表記しており、その第2項は『 …「再生可能エネルギー電気」とは、…再生可能エネルギー源を変換して得られる電気をいう』と定義し、第4項で、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス、その他の6項目を挙げている。このように、法律自体には問題はない。

ところが、この法律の略称を「再生可能エネルギー特別措置法」としたために、問題が惹起された。この略称ゆえに、不合理だと思いつつも、専門家は「再生可能エネルギー」という用語を使わざるを得ない。その結果、新聞や雑誌を通じて、これは正当な学術用語だとの誤解が社会に広まった。このままでは中高校生にも誤解が根付く恐れがある。すでに学校の先生方は困っているのではないか。わずか二文字「資源」をつけて「再生可能エネルギー資源」とするだけでも問題は解決する。「代替エネルギー」ならば、なお良い。

この法律の策定過程には科学者が参画したに違いないが、略称には科学者の意見が反映されなかったのだろう。法律の中に自然科学があれば、最初から最後まで、しっかりと自然科学者の意見を聞くべきである。この法律は、2009年のThe International Renewable Energy Agency (国際再生可能エネルギー機関)の設立に呼応して制定されたと思われるが、この機関の名称が国内法の略称を制約するのかもしれない。そうだとしても、条文を科学的に整えたように、略称でも科学性を重視する権利を主張してもよいであろう。将来を担う若者を危険な誤解から守るために、せめて略称だけでも改めることはできないものか。

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