通信No. 38 海の言葉32【問題をはらむ用語③-費用対効果】

2019年05月17日

【問題をはらむ用語③-費用対効果】

常に混乱している用語に「費用対効果」という語がある。どう混乱していて、何が問題なのか。

わが国の小学生の算数の学力は国際的にも高いが、算数好きの児童の割合は目立って低い。理由はさまざまだろうが、大人の社会で数学が活用されていないことも理由の一つであろう。大人が数学や論理を大切にしていれば、子供は算数が役に立つと思うはずだが、どうもそうはなっていないらしい。学校で習うことと大人がしていることとが違えば、子供は勉強の価値を見失う。そういう悪影響が懸念される言葉の一つが「費用対効果」である。

比と比の値については、小学校六年で習う。算数に苦手意識を抱くきっかけのひとつでもあるらしい。大人は、そういう転機にある子供たちを混乱させないようにしなければならない。子供は、二つの数aとbの比「a:b」は「a対b」と読み、その値は「a/b」だと教わる。ところが大人は、こと「費用対効果」になると、値が「b/a」である比は「b対a」であり、それは「a対b」の逆比であるという学校の教えを無視する。公式の場においてすら実に無頓着に。これほど乱脈に使われる用語は、そうあるものではない。

学校で比について習った子供たちが「費用対効果」という言葉を聞いたら、当然「費用∕効果」と理解するだろう。ところが大人は、「効果∕費用」の意味でもこの語を使う、というよりもこの意味で使うほうがむしろ多い。『ビジネスの場でよく耳にする「費用対効果」。かけた費用に対して返ってくる効果はどのくらいあるのか、費用対効果を明確にして未来予測とリスク回避をしていきましょう』とか、さらに『費用対効果とは、読んで字のごとく「費用」に対する「効果」を意味します』と解説しているサイトがある。それを言うなら、「対費用効果」ではないか。

おかしいと思っている人もあって、費用対効果という語を立てずに「コストパフォーマンス」という語を見出しにする辞書がある。しかしそれでもなお、コストパフォーマンスとは、『① 支出した費用とそれによって得られたものとの割合。費用対効果。② コンピューターの、費用に対する性能評価。費用対性能比率。①で、少ない費用で得られるものが大きい場合のことを「コストパフォーマンスがよい(高い)」、その逆の場合のことを「コストパフォーマンスが悪い(低い)」という。』などとしている。「対費用効果」である①をその逆比である「費用対効果」だというのだから、算数の教えを否定していることになる。ひょっとしたら、誤りに気付いていないのかもしれない。これは、ただ事ではない。

理由を調べてみた。その結果、原因は行政にあるらしいことが分かった(例:港湾整備事業の費用対効果分析マニュアル)。行政は、コストパフォーマンス、費用対効果、対費用効果、費用便益率等々、「a/b」も「b/a」も構わずまとめて、すべてを「費用対効果」という一語にしてしまった。「地対空ミサイル」も「空対地ミサイル」も同じだというのか。

医学分野では以前から「費用効果分析」が行われており、それは「1年生存延長に要する費用(費用効果比)を算出して、同じ効果をもたらす他の保健・医療サービスと比較する」ことだとされている。これが、「費用対効果」なのである。こういう先例があるのにもかかわらず、反対の比までを費用対効果としたことが間違いだったのだ。英語ではCost-effective analysis, Cost-benefit performanceなどというのだから、「費用効果分析」とか「費用便益効率」などとすれば良かったのにと思う。

行政は問題の深刻さを予見できなかったかもしれないが、その場には経済学者や工学者がいたはずで、そういう人たちはきちんと意見を言うべきであった。おかしいと分かっていても定められた行政用語を使わざるを得ないというのが、今の関係者がおかれた立場である。将来を担う子供への悪影響を除くためにも、法を改めるべきではないか。

生物生態研究所通信トップに戻る