通信No. 40 海の言葉 34【補償深度②:経験則の適用】

2019年09月13日

【補償深度②:経験則の適用】

補償深度を海中光の鉛直分布から推定する基準は、実は一定していない。その曖昧さが混乱を招いている。例を見てみよう。「相対光量約1% (生物学辞典) 」、「海表面光強度の約1% (理科年表)」、「海面に達する光量の1%程度(水産学用語辞典)」、“a depth where light intensity falls to one percent of that at the surface (Wikipedia: Photic Zone),” “the depth of 1% of irradiance at or just below the surface (Banse前掲) ”「海面が受ける光の0.1-1%の光の届く層 (海洋深層水利用学会HP)」、“the depth where only 0.1-1% of solar radiation penetrates (Wikipedia: Critical Depth) ”「海表面直下を100%とした相対値(沿岸環境調査マニュアルII [水質・微生物篇])」、「表面直下の光量の1% (三森ら、北海道開発協会HP)」等々、これでは新たに補償深度の測定をしようとする人が迷うのも無理はない。

上掲の例は、基準を海面での光量とするものと海面直下での光量とするものに大別でき、さらにそれらの1%とするものと0.1-1%とするものとに類別することができる。

まず、1%と0.1%という数字の違いの意味を考えてみよう。植物プランクトン群集は光合成の特性が異なる多くの種類からなっており、その中には明るい環境を好む種もあり、暗い環境を好む種もある。同一種でも、暗いところに生息しているうちに暗い光度で最大の光合成をするようになるし、その逆も真である。環境への適応である。このように、補償深度は、常に「海面直下の光量の1%が到達する深度」だとは限らないのである。事実、恒常的に成層している亜熱帯海域では、1%よりもはるかに暗い下層に分布極大層を形成している分類群がみられる。そういう場合には、補償深度を0.1%光層とするほうが妥当だともいえる。0.1-1%という幅は、そういう現象を包含しようというものであろう。

もうひとつの疑問、表面光量と表面直下光量のいずれが基準として妥当かという点については、どう考えればよいだろうか。海表面には厚さがないのだからどちらでも同じと思うかもしれないが、事実は大違いである。海面は太陽光を反射するからだ。太陽光の100%が海中に透入すれば海は真っ黒に見えるはずだが、そんなことは起こらない。人工衛星から海が青く見えるのは海中での現象によるが、我々に海が見えるのは表面で光が反射しているからだ。海面を通り抜ける光は一部に過ぎず、海面直下の光量は有意に小さい。

植物プランクトンにとって意味のある光は、当然海中に透入した光である。したがって、補償深度推定の基準は「表面直下の光量」であるべきで、その1%が到達する水深を補償深度とするのが合理的である。しかし、海中光量の鉛直分布を測定する方法は、次回述べるように単純ではない。一方、海面光量は航海中に自動観測されていることが多く、調査海域と同緯度にある気象観測所での日射量データを利用することもできる。海面光量を基準にすれば、新たな測定をする必要はなく、簡便である。

ただし、海面光量を基準にするときには、表面反射を考慮しなければならない。「海面に達する光量の0.1%を補償深度とする」というのは、その考慮の結果であろう。それは、海面反射率が90%すなわち10%が海面直下に透入した場合に、さらにその1%の光量というに等しいから、「表面直下の光量の1%」と同じことである。妥当だといえる。これに反して、「海面に達する光量の1%」というのは妥当ではない。

ところで、海面での反射率は、太陽高度と海面の状態によって、非常に大きく変化する。太陽高度が低いとき、海面に波浪があるとき、海面反射は大きくなる。太陽高度が高い正午前後に海面が非常に静穏ならば、海中透入率が90%に達することもある。反対に、太陽高度が低い朝や夕方に波浪がある海面を透過する光量は50%以下になる。このように表面反射率は大きく変動するので、「海面に達する光量」ではなく「海面直下の光量」を基準にするほうが信頼度は高くなる。海中光量の鉛直分布を観測することが、最も望ましい。

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