通信No. 41 海の言葉 35【補償深度③:観測】

2019年09月13日

【補償深度③:観測】

補償深度を推定するには、海中光量の鉛直分布を観測し、その結果を海面直下の光量に対する相対値(%)のスケールで示すのが最善である。そのためには表面直下の光量を明らかにしなければならない。ところが表面には厚さがないから、その直下の光量を実測することはできない。そこで、次のような方法をとる。

まず、空中光量に対する海中光量の相対値(%)をいくつかの水深で測定する。表面から0.1%光層くらいまでをカバーするのが望ましい。実際には、空中センサーを船上に置いて空中光量をモニターしつつ水中センサーで異なる水深の光量を測定し、それぞれにつき空中光に対する%を計算していくのである。その結果を使って、相対光量(%)の水深(m)への回帰(光の減衰曲線)を計算する。PCが使えないなら、片対数グラフ用紙を準備し、縦軸(普通目盛)を水深、横軸(対数目盛)を相対光量として、測定値を逐次プロットする。片対数座標では減衰曲線は直線になるので、透明プラスチックの直線定規を使えば、目測で十分正確に回帰直線が引ける。このとき、浅層のデータを無視することが大切である。

揺れる船からセンサーを下して一定水深に保持することは、非常に難しい。海中光は表層で急激に減衰するから、わずかな水深差で光量は大きく異なる。ただでさえ浅層の光量は、波や気泡、調査船の陰などの影響で変動し、不安定である。それゆえ、浅層データを無視するのである。安定した下層データだけを使うのが賢明である。

同様に、揺れ動く船上の水槽内でも光量は不安定なので、船上センサーを水槽内に置く方法には誤差が伴う。変動要因がより少ない空中光を対照にするほうがよい。空中光と海中光との差があまりに大きくて気になるならば、遮光率既知の中性フィルターを空中センサーにかければよい。

こうして得られる回帰直線は空中光量を基準としたものであり、そのまま補償深度推定に用いることはできない。この回帰直線を、海面直下の光量を基準とする回帰直線へと変換しなければならない。もう一段階、次の作業が必要である。

得られた回帰直線のx軸切片は100%よりも低いところにくる。それが仮に60%だとしたら、太陽光の40%は空中へと反射され、海面直下に透入しえたのは60%であったことになる。「海表面直下の光量」とはこの60%のことだから、これに対する相対値での回帰直線へと変換するのである。作業としては、この回帰直線をx軸切片100%の位置へと平行移動(60%→100%)すればよい。これも定規で十分正確にできる。こうして得られる海表面直下の光量を基準とした回帰直線で相対光量1%の水深を読み取れば、それが補償深度となる。その水深は、空中光に対する相対値が1%だった水深よりも当然深く、その違いは透明度が高い水域でより顕著になる。

この例から分かるように、「海面に達する光量の1%程度」を根拠にすると、正しい補償深度よりも浅い水深を特定することになる。その結果、生産層内の植物プランクトン現存量(潜在基礎生産力)は過小評価される。人工湧昇の有効性評価では、実際には生産層内に届いている湧昇水を「届いていない」と誤判定し、さらに大規模な工事が必要であるとの結論に至るであろう。効果がない事業を効果ありと判定するよりは罪は軽いが、まちがいは間違いである。

間違いを防ぐには、適切な観測マニュアルが必要である。日本海洋学会HPの「海洋観測ガイドライン」Vol 8, Chap. 8「海洋中の光」は今日入手しやすいマニュアルであるが、残念ながら補償深度の推定は目的に含まれていない。補償深度推定に関して、具体的で新人にも分かりやすい、実用的なマニュアルが普及することを期待したい。

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