通信No. 45 海の言葉39【マイクロプラスチックとプランクトンネット地】

2019年12月20日

通信No. 45 海の言葉39【マイクロプラスチックとプランクトンネット地】

海に漂うマイクロプラスチックへの懸念が拡大している。動物が誤って食べたプラスチックは、消化管充満などの物理的障害、含有ないし海水中で吸着した物質による化学的障害を引き起こす。5 mm以下と定義されるマイクロプラスチックは、小型ゆえに食物連鎖の起点に近い小型動物に誤食されやすく、大型動物や人間に到達するまでに多くの食段階に影響を伝播し、また、生物濃縮度を高めることが危惧される。サイズによって生態系での挙動や影響が異なるならば、「5 mm以下」という単一規定だけでは事が済まなくなるであろう。例えば5 μmと5 mmとでは、体積は10億倍もちがうのだから。

わが国でも、マイクロプラスチックの定量採集には目合0.33 mmのプランクトンネット地 (日本規格NGG54) を使うことが標準になりそうである。しかし将来はサイズに関して新展開も予想されるので、そもそもプランクトンネット地とはどういうものかを振り返ってみることも無駄ではないだろう。

プランクトンネット地とかミュラーガーゼといわれているものは、実は製粉用の篩布であり、プランクトンネット用に製造されたものではない。曳網によるプランクトン採集を始めたのは英国のトンプソン(J.V. Thompson 1828) やダーウイン(C. Darwin 1833)、ドイツのミュラー(J. Müller 1844) であるが、この先人らは木綿、羊毛、リネンの布を使ったとされる。製粉用の篩絹(bolting silk) を使ったのは、プランクトンという術語を提唱したヘンゼン(V. Hensen 1883: 通信No. 32) である。篩絹は、目合を一定に保つために極めて特殊な織り方で作られており*1、ヘンゼンの時代には目合が64 μmから1.364 mmまで26種類もの国際規格品があったらしい。

ヘンゼンが選択した目合は0.076 mmと小さかったが、それさえも通り抜ける微細生物が大量に存在することは明らかであった。反対に、この網目は目詰まりしやすく、より大型の動物プランクトンの採集には適さないことも明らかになった。その結果、0.06と0.33 mm程度の目合を使い分けることになり (日本では0.10 と0.33 mm)、それぞれの採集物をマイクロプランクトンとマクロプランクトンと呼び別け、さらにそれぞれ植物プランクトンと動物プランクトンを代表するとみなすようになった。因みに、さらに小さいものはナノプランクトンであり、採水器で採集する。反対により大型の動物はメガプランクトンであり、逃避能力が高くて個体数密度が低いので、さらに粗目の大型ネットで採集する。

このように、研究が進歩するにつれてプランクトンは複数のサイズ階級に区分され、サイズ定義も厳格になった。今では、ナノプランクトンは2-20 μm、マイクロプランクトンは20-200 μm、マクロプランクトンは200 μm-2 mmとされる。これでは、ナノ、マイクロ、マクロが10倍刻みなので接頭語の数学的な意味と不整合のようにみえるが、体積では1000倍刻みとなって整合するのである。もちろん、さらに微細ないし大型のサイズカテゴリーも定義されている*2

ここで強調したいことは、当初からこの合理的な定義があったのではないということである。研究および研究手法の進歩につれて詳細なサイズ区分が必要になったのであり、同様のことがマイクロプラスチック研究でも予想されるのである。例えば磯辺ら*3には、すでにその兆候がみられる。

小麦製粉の歴史では、表皮や胚芽を除去して純粋な胚乳を精選すること、それを粉砕した粉を篩別けて精製することに多大な技術開発の努力が払われてきた。その工程では大小さまざまな目合の篩による何回もの篩作業が必要であり*4、絹糸がヨーロッパにもたらされて精緻な織物を作る技術が確立した18世紀以降、多種類の篩絹が普及した。ヘンゼンはこれに目を付けたのであり、以来海洋学では篩絹をプランクトンネット地と呼ぶようになった(ヘンゼン自身は「ミュラーガーゼ」と名付けたらしい)。

今日ではほとんどが合成繊維製であるが、篩絹の目合階級を踏襲した多種類の網地が市販されている。マイクロプラスチックの研究者は、かつてプランクトン研究者がしたように、自分の興味に合わせて「ネット地」を選ぶことができる。その結果マイクロプラスチックはより詳細なサイズカテゴリーに区分され、調査研究の方法論も多様化するであろう。定量のためには一定の標準法が必要なことは論を待たないが、標準法が唯一不変である必要はない。データが蓄積されて知見や興味が多様化すれば、標準法も進化するのは当然だ。そのとき、さまざまな目合のネット地が助けになると思われるのだ。

*1 元田 茂1974. プランクトンの採集. 丸茂隆三(編)「海洋プランクトン」 海洋科学講座10, 東京大学出版会, 191-225
*2 谷口 旭1008. 海洋生態系におけるプランクトンの重要性と研究の歴史概観. 佐々木 洋ほか(編)「海洋プランクトン生態学」 成山堂書店, 1-14.
*3 Isobe, A., K. Kubo, Y. Tamura, S. Kako, E. Nakashima and N. Fujii 2014. Selective transport of microplastics and mesoplastics by drifting in coastal waters. Mar. Pollut. Bull., 89, 324-330.
*4 木下製粉株式会社「小麦粉のできるまで」< https://www.flour.co.jp/knowledge/flourmilling/ >

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