通信No. 52 海の言葉46【食料になる動物プランクトン】

2022年10月13日

 動物は他の生物を食べて自らの体や子孫を生産する。たくさん食べればたくさん生産できるが、食べた以上の生産はできない。海洋生態系では、一次生産者である植物プランクトンの生産量が最大、それを食べる動物プランクトン(二次生産者)の生産量がそれに次ぎ、動物プランクトンを捕食する魚類(三次生産者)の生産量は小さい。これが生産量でみた生態ピラミッドであり、魚類の生産量よりも動物プランクトンの生産量が大きいことは自然の摂理である。

 ならば、人間にとって、魚よりは動物プランクトンを漁獲して食べるほうが有利なはずだ。ところが、サクラエビやオキアミ、クラゲなどの例外はあるが、人間の食料になっているプランクトンはほとんどない。何故か。

 プランクトンを食料に、という考えは昔からあった。海洋調査航海を指揮し、海洋博物館を創設したモナコのアルベール一世(Albert I: 1848—1922)は、「若し乘船難破して大洋に漂ふことあるも若し一張のプランクトンネットの備あれば餓死する恐れはない」と言った*1。「海の牧草」で有名な英国のジョンストン(J. Johnston)は、19世紀末からカイアシ類プランクトンを食料にという学説があったこと、実際にカイアシ類がパーティー・メニューに供されたこともあったことを記し、自身も、資源量や栄養からみてカイアシ類は立派な食料資源たりうると主張した*2。1947年、ヘイエルダール(T. Heyerdahl)らはコン・ティキ号探検航海でプランクトンを捕集して試食し、すぐれた食材になると確信した*3

 プランクトン学者ハーディ(A. Hardy)は、戦時の食料確保に益すると考えて、動物プランクトン漁獲法の研究を展開した。しかし、残念ながら、結果は否定的であった*4。漂流した船員の命を救うことはできても、商業漁獲はむりだとわかったのだ。理由は、小型だから、である。細かい目合いの網で膨大な量の海水を濾して十分量のプランクトンを漁獲するのは難しいのである。プランクトンのなかではサイズが大きいうえに、濃密な群を形成して漁獲しやすくなるサクラエビやオキアミは、あくまでも例外なのだ。

 実は、もっと大きな難点がある。ジョンストンが示したようにカイアシ類の体成分は畜肉と似ているが、脂質の主成分はワックス(蠟)である。これが難点なのだ。不思議なことにサクラエビやオキアミの脂質は中性脂肪なので問題ないが、再びそれは例外なのだ。ワックスが非常に多いという点でも、海洋生態系は独特である*5。陸上生態系にいる人間はワックスを代謝できないから、仮に商業漁獲が可能だとしても、動物プランクトンは食料になりにくい。これは、先人には知られていなかったことである。

 少量ならば、ワックスがあっても食べられる。ワックスを含んだ魚の刺身は、好事家の間では脂がのっていて実に旨いといわれていた。だが、その好事家たちもたくさん食べると下痢をした。ゆえに、今は販売禁止品だ。この伝でいけば動物プランクトンも少量ならば旨いはずだと考え、乾燥ふりかけを作ったことがある。確かに食欲をそそる香り、おいしかったし下痢もしなかった。しかし、大量に食べることは勧められない。

 海洋生態系にいるサンマやイワシなどは、動物プランクトンのワックスを代謝して中性脂肪に変換する。もはや心配は無用、サンマやイワシは脂がのっているほど旨い。生態学的には不経済でも、私たちはやはり魚を食べなければならないのだ。

 ただし、繰り返すが、オキアミは安全だし大量に漁獲もされている。にもかかわらず、漁獲されたナンキョクオキアミや三陸沖のイサダ(ツノナシオキアミ)のほとんどは遊漁や養殖魚の餌になっている。飢餓に苦しむ人々がいる一方で穀物や魚が家畜の餌にされているという不合理に似ていて、残念だ。

*1元田 茂1944.「海とプランクトン」 科學新書54, 235 pp., 河出書房, 東京.

*2 Johnstone, J. 1908. Conditions of Life in the Sea. A Short Account of Quantitative Marine Biological Research. Univ. Press, Cambridge, 332 pp.

*3 Heyerdahl, T. 1948. Kon-Tiki Ekspedisjonen(水口志計夫訳「コン・ティキ号探検記」ちくま文庫 1996年など複数の訳本がある)

*4 Hardy, A. 1962. The Open Sea. Its Natural History, Part I. The World of Plankton. Collins, London, 335 pp.(初版1956)

*5谷口 旭1975. 動物プランクトンの生産生態. 元田 茂編「海洋プランクトン」pp. 117-235., 東海大学出版会, 東京.

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