通信No.20 専門的文書の漢字①

2017年01月31日

【使える漢字、使えない漢字】

漢字は4千年近く前に発明され、今なお使われ続けている稀有な文字である。同時に、字数が極めて多い点でも稀有である。漢字は表意文字であり、言葉それぞれに字をあててきた結果、文字数は10万を超えてしまった。当然ながら、画数の多い複雑な字が多くなり、すべてを使いこなすことが不可能な文字になった。それゆえ日本では幕末から漢字廃止論が唱えられ、廃止論は明治維新後さらに勢いを増した。仮名だけにとか、アルファベットにせよという主張は第二次大戦後にも繰り返されたが、結局そうはならなかった。漢字を廃止してしまった国もあり、本家の中国でさえ簡体字を創らなければならないほど手強い漢字なのに、なぜ日本では廃止されなかったのか、考えてみれば不思議ではないか。

日本語の発音体系は歴史とともに単純化され、世界で最も単純な言語のひとつになった。その結果、日本人の外国語習得能力は低下した。それ以上に、ここで強調したいことは、同音異義語が非常に多くなったということである。仮名やローマ字といった表音文字だけで書くと混乱を招く語彙が非常に多くなった。それぞれの字がそれぞれの音と意味を備えている漢字で書けば、この混乱は避けられる。その漢字を仮名で接続し、いわゆる書き下し文にすれば、漢字は無理なく日本語に融和し、さらに高い機能を発揮する。今では漢語であることすら意識されなくなった言葉も多い。早くに仮名を発明したことが、日本で漢字が生き残った大きな理由だといえよう。

それにしても漢字の字数は多い。中サイズの漢字字典でも1万字以上、大字典は10万字近くを収録している。すべてを習得するのは不可能に近い。そこで日本政府は、1946年に日常生活の当座の用に使う1,850字の当用漢字を、1948年にはその中の881字を教育漢字と定めた。1981年には「一般の社会生活で用いる場合の、効率的で共通性の高い漢字を収め、分かりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用の目安」として1,945字(2010年2,136字になった)の常用漢字を公布した。これが、今日の学校教育で学習するべき漢字とされている。

教育、とりわけ国語教育では、全国一律の斉一性が重要である。字体はもとより読み方や書き方も全国一律に教育されることになった。このとき、それと異なる用字用語が大人の世界に氾濫すれば、学校教育の効果は損なわれる。したがって、大人の世界でも常用漢字を尊重することが求められる。その結果、今日の漢字は、常用漢字と、使用しないことが推奨される漢字とに大別されるに至った。現在の「常用漢字表」の2,136字には4,388通りの読み(2,352音と2,036訓)が当てられている。それ以外の読みは、その他の文字とともに、使用自粛が求められる「表外漢字」とされている。政府は公文書に表外漢字を使わないこととしており、公衆性が強い新聞等も表外漢字の使用を「自粛」している(注:表題には「使えない漢字」と書いたが、使用が禁じられているのではない)。

一方、常用漢字以外に、人名には使ってもよいとされる862字の「人名用漢字」がある。これを常用漢字と併せると3,018字、これで日常使う言葉の多くは漢字で書くことができる。それでも、科学技術や文芸などの分野では、常用漢字表にこだわると書きえない用語(漢語)がたくさんあり、常用漢字表に対する不足感は大きい。

Posted on January 31, 2017

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