通信No.22 専門的文書の漢字③

2017年01月31日

【専門的用語の漢字表記にみられる不統一】

前号に記したように、専門的文書においては、常用漢字表にこだわるあまり滑らかな理解を妨げたり、さらに誤解を招くようなことがあってはならない。そういうときにも表外漢字の使用をためらうことは、決してよいこととはいえない。正しいことが常に最善であるとは限らないのだ。

どの専門語がそれに該当するかの判断に基準がない現状では、同じ語の表記が書く人によって異なってしまう。個人的な文書での不統一ならば問題ないが、同じ組織から発出される公的な文書でこのような不統一が生じると、組織のあり方が疑われかねない。そこで、こうした不統一が起こりやすい語を摘出し、それらの表記法(漢字使用法)を組織内共通に定めることが必要になる。いくつか例を挙げてみよう。なお、ここで、平仮名で書く読みは訓読み、片仮名で書く読みは音読みを意味している。

第一の例として、表内漢字ではあるがその読みが常用表外である漢字を含む語を挙げる。前号に「法面」を挙げたが、「潟湖」もこの例である。「法(ホウ、ハッ、ホッ)」と「潟(かた)」は常用表内の読みであるが、それぞれ「のり」及び「セキ」という読みは表外読みであり、使用しないことが求められている。したがって、常用表にこだわると、それぞれ「のり面」、「せき湖」と書くことになる。「糊面」や「堰止湖」などとの混同は起こらないとしても、そのまえにひらかながつづくとよみにくくなることはさけられない。一般社会人を読者に想定していない専門的文書では、漢字表記にするべきであろう。

第二に、表外であるとの理由で人名用漢字を使用しない例がある。この場合は、「筏(いかだ)」、「鱗(うろこ)」、「杭(くい)」は仮名書きにし、「潮汐」、「猛禽」、「朔望」、「澪筋」はそれぞれ「潮せき」、「猛きん」、「さく望」、「みお筋」と書くことになる。これらの字は人名用漢字に指定されているので、使用は許容されやすいと思われる。これらも、専門的な文書における機能的な表記とはどうあるべきかを考えれば、おのずと漢字表記を選択することになるであろう。

第三は、人名用でもない表外漢字を含む漢語の例である。その例は非常に多く、むしろほとんどの漢語がこの範疇に入る。日本人が使っている語彙の49%が漢語、34%の和語よりも多い(新選国語辞典、小学館)。それを仮名交じりで書けば、社会全体が収拾のつかない混乱に陥る。そこで、多用される一般語については、表外字を同音の表内字で書き換えることになった。このとき、書き換えに使う字を代用字といい、その結果新たな表記になった漢語を代用語という。国語審議会が指定した代用語には、掘鑿→掘削、雇傭→雇用、浸蝕→浸食、沈澱→沈殿、碇泊→停泊、熔接→溶接などがある。マスコミ界や学協会も独自に代用語を定めている。函数→関数、建蔽率→建坪率、耕耘→耕運、鳥瞰→鳥観などである。

こうした代用語には現実的な価値があり、導入から70年間で定着したという意見は多い。しかし、字義や成り立ちが異なる字で代用するという違和感が今なおぬぐえない語もあり、しかもそれが専門用語に多いこともあって、専門的文書にはまだまだ困難が残されているといわなければならない。

Posted on January 31, 2017

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