通信No. 43 海の言葉37【漁場】

2019年12月20日

通信No. 43 海の言葉37【漁場】

漁場は、漁業者が生業として水産生物を採捕する場であり、それなりの条件を満たしている必要がある。宇田道隆博士はその条件として、水産生物が群れていて採捕しやすいこと、採捕物を売って利益を上げられる地域に近いことをあげた(海洋漁場学1960)。前項は生態学的な要件で、第二項は社会経済上の要件である。ここでは前項が主題である。

水産生物は産卵場と索餌場に群れる。前者では仔稚魚の、後者では幼魚成魚の、いずれも餌生物の生産量が大きいはずだから、つまりは基礎生産量が大きい海域に漁場ができる、というのが多くの教科書の教えである。

基礎生産量は太陽光と栄養塩に依存するが、うち太陽光は緯度と季節に応じて規則的に変動するので殊更言及されることはなく、重要視されるのは栄養塩である。すなわち、栄養塩が光合成生産の場である表層生産層( 通信No. 39 参照)へ十分供給される海域では基礎生産量が大きくなる。栄養塩は海底や下層で再生(有機物分解)されるから、底層水や下層水は富栄養である。それが生産層に混合移入する海域では基礎生産量が大きくなる。そのうち、消費地に近いところが漁場になるというわけだ。

第一に、浅くて海水が上下混合しやすい沿岸域や陸棚域が挙げられる。そこには陸源栄養塩も供給されるのでさらに高生産となり、しかも消費地に近いから、昔から好漁場になってきた。光が海底まで届く浅所には藻場もでき、常に魚介類が群れる。広大な陸棚が発達しているカナダ東岸沖や北海、ベーリング海、東シナ海は、世界的規模の漁場である。

亜寒帯海域では冬の冷却で対流が起こるので、下層からの栄養塩供給は大規模であり、全域で高生産となる。いわゆる北洋とか南氷洋、日本海、北大西洋などがこの例である。南氷洋は消費地から遠いが、漁船や保冷蔵技術の進歩で鯨やオキアミの漁場となった。

優勢な湧昇流域での栄養塩供給も大規模なので、基礎生産力は高い。カナダ東岸沖や北海のように発達したバンクが誘起する湧昇流と、ペルー沖やカリフォルニア沖のように卓越風が誘起する湧昇流とがあり、いずれも大漁場になっている。

以上は教科書のとおりである。しかし、暖流と寒流との潮境(しおざかい)も基礎生産力が高いので漁場になるという説明は、妥当ではない。富栄養な寒流水は暖流水の下に沈み、表層生産層への栄養塩供給に貢献しないからだ。実際に本邦東方沖の親潮黒潮移行域では、基礎生産量も動物プランクトン量も親潮域での量を超えることはほとんどない*1

「世界三大漁場」という語がある。北西太平洋、北東大西洋、北西大西洋だといわれている。北洋から東シナ海までの北西太平洋漁場の中心が親潮黒潮移行域である。「三大○○」は、語呂は良いが、反射的に「嘘の五三八」を想起させもする。「三大漁場」は、科学技術が発達した今日ではいかにも時代錯誤だが、それ以上に弊害がある。三大漁場では共通して基礎生産量が大きいという誤解を与え、別の観点や興味を覆い隠すのだ。

世界の総漁獲量の大半は多獲性浮魚類が占めている(FAO漁獲統計参照)。親潮黒潮移行域も多獲性浮魚類の主漁場だが、ここには発達した大陸棚もバンクもなく、生産に寄与する湧昇流もない。数多くの潮境はあるが、上述のように、基礎生産量やプランクトン量が特に多いわけではない。漁場になるはずがない海域だとさえ感じられるではないか。だが、毎年漁場ができる。基礎生産や餌とは別の理由があるにちがいないと考えるべきであろう。
――それは何か?

この疑問は、「三大漁場」にとらわれているかぎりみえてこない。類型化は、記憶するには便利だが、思索する人にとっては時として危険である。 (通信No. 44に続く)

*1谷口 旭1981. 動物プランクトン生産の環境条件としての基礎生産. 水産海洋研究会報, 39: 66-68.

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